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2012-05-28

環境と教育と

16:25

DQNの教育問題について、またはわたしもDQNであるということ - はてなの鴨澤

はてなダイアリー

父親は専修学校在学中に父(私の祖父)が亡くなったので中退、母親は中学卒業後に就職、だったので、高校を卒業した時点で両親から見える世界を抜けてしまった。両親はホワイトカラーの世界を知らなかった。がしかし、二人とも知的な世界への素質(っていうのも変だけどなんていうんだろ。アクセス能力?)はあったようで、いろいろ教えてもらった気がする。特に母親は先生から「(貧乏な家の子は)勉強してもしょうがない、勉強するな」と言われたのがすごくいやだったとのことで、私に対しては「勉強さえすれば世間は文句言わない」という接し方をずっとしていた。

両親は大学に行くのを望んでいたように思うけど(直接言われた記憶はない)、私もホワイトカラーの世界がわからなかったので、商業高校工業高校に進んで手に職をつけて働こう、と思っていた時期があった。中学生が考える未来なんてあんまりたいしたことはなくて、「手に職」もそうとうイメージできていなかったけど、少なくとも学費少なくて済むしよさそう、なんて思っていた。

中学生が考えるほど世間の仕組みは単純ではなくて、当時の輪切り受験で全日制普通高校に進んだ。たまたま周囲が当然のように大学に進学する環境だったので、当然のように大学受験を考えたけど、両親が賛成してくれて本当に感謝している。しかも浪人してまで。今振り返ったら浪人とかとんでもない。現役で国公立受からなかったら働けっていうレベルである。結局行ったのは私立大学で、なるべく学費が安く済む(当時)ところを選んだ。たぶん棺桶まで国公立コンプレックス持っていくんだろうなぁ。

振り返ってみれば教育費かけてまで大学行ったのは正解だったと思う。たぶん。でもなんというか、私の限界ってここだったなというか、

ただ、一定ラインで「こつん」と壁に突き当たる。それは俺の仕事であるコンビニでいうと、店内での仕事は完璧にできても、小売業界を広く眺めて、そこから今後の流れとかを汲み取ってきて、それを今後の経営方針に反映する、みたいなところができない。経験レベルで得られる知識を越えた範囲のものが必要とされるから。

いやそれ個人の頭の善し悪しでしょう、理解するための努力の問題でしょう、というのはわかる。実際思考パターンが足りないだけというか、もっと頭使えよ、っていうのはわかる。でもまあ書き殴りなので思ったまま書くと、大学や社会で感じた「周囲の人との差」って、こういうことなのかなー、と思った。想像力の及ぶ限界がある。それは小さい時にもっと本を読んでいたら解決したのかもしれないし、中学高校でもっと上を目指そうとすればよかったのかもしれないけど、自分は運が良くて恵まれたと思う一方で「やっぱりさっさと就職する道を探せばよかったのかもしれない」と思う。

追記

努力すれば格差を乗り越えられる、なんて思いつかなかった

昔の増田(しかもブクマ済みだった)がエントリーページに書いてあった。ちょっとだけ近い。

ウチは金もないし、親も歳だし、早く手に職つけて働かなくちゃ。一生懸命働けば少しはマシな暮しだってできるだろう。

だけどもそれは、階層を上ることとは全然違うことだった。

努力なんて、せいぜい「まじめに働く」くらいの意味だった。

格差の固定化って、だからたぶん、努力するための資本がないとかいうことだけじゃなくて、

努力すれば格差を縮めたり、乗り越えたりできるかも、なんて本気で考えることができないような、

そういう環境の中で育つ、ってことでもあるんじゃないかなぁ、と。

ゲスト



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