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2012-06-17

「二階」

00:47

埴谷雄高の『不合理ゆえに吾信ず』を読んだのだか読んでいないのだかわからない - 関内関外日記(跡地)

いろいろなところがわかりすぎて(共感し得るという意味で)、引用しきれない。全文引用になってしまう。ので、エントリーを貼るに留める。

多少国語(現代文、古典、漢文を含む)はできたけれど、このエントリーでいう「二階」以上の言葉がわからない。解説されれば「ああそうやって読むのか」と思うけど、「思う」だけであって、自分の血肉にはならない。この本はこのように読んで解釈するらしい。くらい。

これは簡単に言う「大学以上の学問」について全部当てはまる。中途半端なのは、意味がわかろうとわかるまいととにかく量を読めば自ずとわかってくる、ということを期待して読むと少しだけわかった気になってしまうことだ。これだけいろいろ読んだから、と思っても、世の中にはもっともっと読む人がいて、結局その人たちのいる「二階」以上にはどうやらたどり着いていないらしい、ということも、一緒にわかってしまう。いっそのこと本当に全部わからなかったらあきらめがつくのに。

「二階」以上で起きているすべてのことを「自分には関係ない」と切り捨てるのは嫌で、多少なりとも一階向けに作られているものを見たり読んだりして「二階で起きてるのはこんなことらしいよ」くらいにはなりたい。でも「二階」に上がる階段やはしごは見つからないし、もしかしたら通じていないのかもしれない。「二階」にいる人からは一階は一階ではないのかもしれない。

私が本の感想や評論をまったく書けないのはたぶんこういうこと。